カオスでパワフルな「大須商店街」で多国籍グルメに触れながら、商店街復活の道を振り返る

  • 2020年10月3日
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先日、松本へ行く前に名古屋へ寄ってきました。これまで仕事以外ではあまり訪れる機会がなかったのですが、今回、半日時間があいたため久々に大須商店街を散策してみたところ感じることが多く、その報告をしたいと思います。

というのは、名古屋に住んでいる人にとっては当たり前のことかもしれないのですが、10年以上前の大須からの変わりようがすごくって、、。元々とても味のある街ゆえに、ちょっとその変容の背景などを知りたいという私の好奇心がうずき、気になったスポットをご紹介しながら、大須という街の変遷の歴史もお伝えできたらと思います。

“混沌”が何よりも魅力「大須商店街」とは

大須商店街とは、名古屋市中区大須2丁目~3丁目の商店が集まっているエリアのことです。東西約600mの通りが3本と南北約400mの通りが2本あって、ほどよい広さのため歩いて楽しめます。交通の便も良く、西側には名古屋市営地下鉄鶴舞線の大須観音駅が、東側には名城線と舞鶴線の上前津駅があって、今回は私は大須観音駅から突入しました。

街に詳しい人に聞くと、電気パーツ等の販売店が以前とあまり変わりないとのことで、他には下北沢的なヴィンテージファッションのショップがあったり、アクセサリーや今どきな洋服のショップも個性を発揮しています。

国際色豊かに進化!大須商店街の気になるグルメ

もちろん、工芸品店や土産物店など昔ながらのお店も数多くあるのですが、とにかく驚いたのは国際色豊かな飲食店の多さとそのパワフルさ。昔は見かけなかった各国の料理店やタピオカドリンクをはじめとするテイクアウトのお店の多彩さ、そしてハラル食材店までも!

このあたりは東京だと大久保に少し似ていて、でもそもそもが大須観音など神社仏閣や歴史的建造物を中心とした門前町だったのですが、、。全国でもここまでごった煮状態の街は見たことがなく、不思議で本当に面白いことになっています。

そのカオスな状態と、日本の新旧のキッチュな魅力が伝わっていたのか、新型コロナウイルス蔓延前は外国人客も大変多かったそうで観光や買い物などで毎日数万人の人たちが大須商店街を訪れ行き交っていたとのことです。

唐揚げ激戦区で3店舗展開「李さんの台湾名物屋台」

今回最初に目に入ったのは、李さんの台湾名物屋台です。海外勢の中で最も勢いのある感じで、観光客が激減した現在でも並んでいる時がある人気店。

大須は、今や唐揚げの超激戦区なんだそうで、そんな中、こちらは大須商店街に3店舗を構えています。基本の台湾唐揚げに、パクチーのトッピングや辛さを選ぶこともできて、もちろんタピオカドリンクの充実度も老舗店ならではです。

現地の味を気軽に楽しむ「ベトナムキッチン」

大須商店街で、台湾の次にお店が増えていそうなのが、アジア圏ではベトナムという印象でした。私が大好きなソウルフード、バインミーもあるのが「ベトナムキッチン

日本のローカル都市で多いパターンの、フォーとバインミーなどベトナム料理の屋台のおいしいところどり!お客さんもベトナム人率が高いそうで、現地の味と雰囲気を味わいたい場合にオススメです。

がっつりお肉を食べたいなら「オッソ・ブラジル」

最近はまっているカシャッサ(ブラジル原産の蒸留酒)を飲みたいこともあって、夜はブラジル料理店の「オッソ・ブラジル」へ。

鶏の丸焼きで有名なこちらですが、さすがにグループでないと食べ切れないので、単品でオーダー。フェイジョアーダもついた定食形式のプレートで、大満足しました!

貴重なハラルフード販売店「Kaserya」

この街の楽しいところは、堅苦しいレストランとかではなく、屋台形式のお店や、コロナ禍で嬉しいテイクアウトのお店が多いこと。そして、自分たちで料理を作りたい場合は各国の調味料やスパイスなど材料をそろえることもできます。中でも、Kaserya(カセリヤ)」は、ハラルフードを購入できる中部地方では貴重なお店

インドネシアやベトナム、タイ、インドなどの食材のほか、カラフルな食器や雑貨なども可愛いくて楽しめます。デリでもあって、個人的にはフムスが気になりました。

漢方を身近に日常に!「KAMPO 松栄堂」

日本からは、かまる新聞らしいお店を選んでみました。漢方ショップ&カフェの「KAMPO 松栄堂です。名古屋市南区の創業70年を超える老舗薬局「松栄堂薬局」が運営

店内で飲めるのは、健康ドリンクと医療薬に認定された漢方の2種類から。2019年にオープンしたばかりですが、コロナの影響もあって2020年10月に岐阜へ移転するそうで、今後はそちらで「漢方をもっと身近に感じてほしい!」との想いを感じてもらえたらと思います。

復活を遂げた大須商店街の歴史

今はコロナの影響で静かな状態の大須商店街ですが、再生した商店街として全国の町おこし関係者から注目を集める存在であることはよく知られています。

その歴史を簡単に説明すると、まず1960年から1970年前半が斜陽の時代だったようです。当時、名古屋駅や栄の百貨店や地下街が賑わいを増していく一方で大須商店街は閑散としていったのですが、その危機的な状況を跳ね返すきっかけとして電脳ショップの存在が。1977年に「ラジオセンターアメ横ビル」(現在の第1アメ横ビル)が開業し、その少し前に大須観音駅ができたことで、電気パーツなどを求める若物が訪れるという流れができます。

また、1975年に名城大学の助教授や学生さんたちの呼びかけで商店主が立ち上がり、「アクション大須」というプロジェクトがスタート“大須を市民のコミュニティの街に”をテーマに、商店街のあちこちに会場を設けて路上ライブや寄席などを行うことで、今や全国で商店街活性化に必須の回遊型イベントを作り上げました。この試みが「大須大道町人祭」へと受け継がれて、毎年約30万人を動員する一大イベントとなり、大須商店街が海外でも知られるようになったんですね。

この商店街の近年の歴史を知れば知るほど、今の厳しい状況においても大須ならばまたきっと新しい形の再生を見つけてくれるのではないかと思っています。

今回、店主の個性が強烈に反映された大須ならではのお店をようやく訪れることができました。それは、商店街を席巻している飲食店ではなく、ヴィンテージにこだわったファッションとカルチャーの某ショップです。地方だからこそ、変わらずに独自の路線を突き進められていること。さらに、オンラインショップにより他とのつながりも生まれて成立しているお話を聞いて、やりたいことを形にするパワーこそが、アフターコロナにおいて生き残るポイントだと強く感じました。
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